
夜空を映し込む藍色の川の水面に
夜空を映し込む藍色の川の水面に、金の粒子がたゆたっている。星が瞬きをするその瞬間ごとに、空から星が、涙が落ちてくる。一粒、また一粒と降り注ぐ光の粒子は、まるで金の雨嵐だ。
今度は誰の涙が落ちてくるのだろう。
昔から、向こうの世界の人びとが泣くたびに、その涙がこちらの世界へと落ちてくるらしい。降り注ぐその光の粒子は、さながら流星群のようだと、俺は昔から思っている。夜空から降り注ぐ涙の雨は、やがて、最後には、この一本の川に帰結する。帰ってくるのだ。涙が。
「本当に、この川はいつ見ても綺麗だな。」
俺の前を歩く、少し背の高いそいつに俺は呟く。
「もっと褒めてやれよ。川が喜ぶから。」
「そうか?」
俺の呟きに、こちらを振り返りながら、快活そうに笑ってそいつは答えた。
「この川、皆が思ってるよりも、ずっとずっと褒められたがりだぜ。昔から。」
落ち着いた声で、奴がそうつぶやく。ずっとこの川に寄り沿ってきたこいつが言うのだから、そうなのだろう。
「そうか。知らなかった。」
「そうさ。」
こちらを見向きもせず、紺のローブを頭から羽織って前を見据えて歩く、そいつの表情は伺えない。俺の独白に一言、付き合ってからは、ただただ、そいつは歩みを進めるばかりである。時折、俺より背の高い紺のフードから明るい茶髪が覗く。じゃりじゃりと、砂を踏みしめる音が続いていく。
自分の背丈よりも長い棒を担ぎながら、時折、夜空を見上げるそいつの白い顔(かんばせ)に流れ星が滲む。何を思って空を見上げているのか、俺には分からなかったが、ただ、その時は無感動そうに見えた。
一体、そうやって、どこまで歩いたか分からない。ただ、少し膨らんだ川のほとりで、歩みを止め、そいつは手に持った棒で、くるりと一掻き川底をかき混ぜた。俺は、それをただ横で見ていた。
そうこうしている間にも、夜空には絶えず流れ星が瞬いていた。白い筋が頭上をひっきりなしに流れていく。
「なあ。」
黒く光る川をかき混ぜながら、ふいにそいつが俺に話しかけてきた。
「ん?」
横で、しゃがみこんで鈍色に揺らめく川面を眺めていた俺は、そいつを見上げた。
「もう大体、どれが、誰の涙か、もう分かってるんだろ。」
そいつが、水面を棒で割り裂いていく度に、きらきらと、思い出したかのように、色とりどりの宝石が川底から湧いてきて、水面へと顔を出してくる。
「大体分かってんだろ。」
もう一度、念押しするように俺に問いかけてくる。
「まあな。」
空から降り注ぐ金の粒子は、波間を漂い、ゆらゆらと水面を浮遊したのち、やがて黒くて暗い鈍色の川底へと一旦姿を消していく。どろどろと、深淵へと迷いこんだように思われた、あちらの世界の涙は、川守であるこいつが、木の棒でくるりとかき回すと、再び砂流に乗って水面に戻ってくる。そして、水面に帰ってきた時には、様々な色の宝石へと姿を変えて現れて、こちらへと視線を寄こして来る。俺には、それが、ひどく不愉快だった。きらびやかな宝石たちが、腕を絡めて俺をいつも見上げてくる欲に満ちた若い女どもの視線を、いつも思い出させてくるからだ。
きらきら、きらきらと、やかましい宝石の煌めきの合間に、時々、宝石たちの隙間をぬって、ちらりと一粒、素朴な輝きを放つ石が、たまに現れる。宝石といえば宝石なのだろうが、豪奢に煌めく宝石の流れの中では、埋もれてしまうような、ありふれたような一粒がある。ひどく無個性で地味なものに、他者の目には映るのであろう一粒。
だが、それが、水面に顔を出す度に、ついつい目で追ってしまう。いやに目に付くのだ。気付けば必ず、目で追っているのだ。
それがひどく、煩わしいと口ではいつも嘯きながら、内心、ひどく懐かしくと感じている俺の心のうちを、こいつは知っている。
「あいつも、もう随分泣いてたぞ。」
降りしきる星の流れは、もうとっくに見飽きたそいつは、夜空に見向きもせず、目を伏せて、川面を眺めている。水底の流れを変えるその手は止めない。
「知ってる。」
ふてくされたような声が、思わず出た。これじゃあ、まるでガキだ。
俺の様子にため息の一つでもつきそうだったそいつは、ちらりと、こちらを一瞥してから、その手を再び動かし始めた。
「知ってる。」
今度は、強い語調で声が出た。しかめっ面をしているのが自分でも分かる。まるで、小さな子供のように、今にも泣きそうなのをこらえているのを自分でも自覚して、情けなく思う。
こんな風になるなら、最初から別れなければよかったのだ。離れ離れになったのは、あちらからだというのに、勝手に俺の知らないところで泣いて、後悔しているという。滑稽だ。馬鹿な話だ。辛いなら、最初から離れ離れにならなければ良かっただけの話である。手放したのは、あちらなのだ。
今ある幸せを享受出来なかったのは、あちらだったのである。死後の世界でどんなに悔やんだって、もうこっちには戻って来れないくせに。
無感動に動かすその手を止めずに、そいつは呟いた。
「片割れを置いてくるっていうのは、そういうことだ。」
こちらの気も知らないで、全く勝手な一言だと、そいつを睨みあげながら、また今日も夜は更けていった。