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夕陽がひとつ死んだ日

 

 夕陽がひどく、目に焼き付いた。

世界がひとつ終わる時。

夕焼けは、その合図だった。

 

 

また一つ、世界が死んだのかと、どこか無感動に、それでいて、飾りつけの感傷を身にまとって、僕は白い洗濯物を干していた。ひらひらと風に布が舞う。ほどよく乾燥した風は、どこか知らない世界へ吹いていくのだろう。

それでも、一つ、世界が無くなったことに、変わりはないのだ。

 

 

 物心ついた時から。僕は、彼女に恋をしていた。それこそ、文字通り焦がれるように。陽射しを一身に頬に受け、彼女を眼差した。目が焼き付くように痛い。彼女はいつでも眩しかった。夜の帳が降りる頃、彼女は一層輝きを増し、世界にその存在が轟いた。

 

 

彼女は、夕焼けだった。

僕の世界にただ一つの、かけがえのない。

 彼女と一度だけ、話をしたことがある。ベランダでいつものように洗濯物を干している時に、上から声がかかって来たのだ。顔を上げると、太陽は頭上にあって、僕の世界は赤一色になった。

 

「私は、世界が死ぬ合図」

 彼女は、確かにそう言った。世界の仕組みも決まり事も、全て彼女が教えてくれた。そして、こうも言っていた。

「その私でさえも、死ぬのよ。空に沈んでね」

彼女のウインクに呼応して、空が一瞬翳った。チャーミングな人だった。彼女は太陽だった。

 

「あたし、沈みたくないなぁ」

そんなことを嘯いていた彼女でさえ、今日下った。世界から一つ、夕焼けが死んだ日だった。

 

 世界の終わりを告げる夕陽が死ぬ時。その時こそが、この世界の終わりなのだ。今まで、何億何千もの夕陽を、世界の終わりを見届けてきたが、それも今日で終わりだった。数多の世界が今までそうして終わってきたように、僕らの世界もまた、終わるのだ。

 

彼女と共に、終わりを迎える。最後に指先が伝えた肌の感触は、乾きかけの、洗濯だった。

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